賃貸相談
月刊不動産2014年8月号掲載
テナントの破産と保証金の処理
弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)
Q
当社が経営する貸ビルのテナントが破産したとの連絡を受けました。今後賃貸借契約はどうなるのでしょうか。また、契約終了の際にはどのような処理をすることになりますか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
-
1.テナントの破産とビル賃貸借契約
貸ビルの賃貸借契約において、テナントが破産した場合、まず問題となるのは、賃貸借契約が今後も継続されるか否かということです。
平成16年以前は、民法旧621条により、賃貸借契約において賃借人が破産した場合には、期間の定めがあった場合でも、賃借人の破産管財人だけではなく賃貸人も賃貸借契約の解約を申し入れることができ、賃貸借契約を解約することにより損害が発生しても、賃貸人、賃借人の双方ともに損害賠償を請求できないと定められていました。しかし、この規定は、破産法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成16年6月2日法律第76号)により廃止され、現在では、賃借人が破産した場合に、賃貸人が賃貸借契約を解約することができるとする法律の条文はありません。
したがって、テナントが破産した場合に賃貸借契約を解約することができるか否かは、専ら、破産法53条及び54条によって規定されています。
破産法53条1項によれば、テナントが破産した場合、賃貸借契約を継続するか、それとも解除するかはテナントの破産管財人の選択に委ねられることになります。
破産管財業務では、破産者のすべての財産を換価して配当するため、すべての契約を解除して清算するのが通常ですので、破産管財人は賃貸借契約を解除し、可能な限り、保証金返還請求権を行使することを考えます。破産管財人が賃貸借契約を解除する場合には裁判所の許可を得ることは通常必要はありませんが、賃貸借契約の継続、すなわち、履行を選択する場合には破産法78条2項9号により裁判所の許可が必要とされています。もっとも、破産管財業務の必要から、破産管財人が履行を選択する場合もあり得ます。なお、住宅賃貸借契約の場合は、賃貸借契約の継続を選択される場合が多いと思われます。
2.賃貸人側の対応手段
テナントが破産した場合、賃貸人の取り得る手段としては、破産法53条2項では、賃貸人は、破産管財人に対し、相当の期間を定めて、賃貸借契約を解除するのか、契約の継続を選択するのかについての催告をして回答を求めることができるものとされています。催告期間内に破産管財人から回答がない場合は、賃貸借契約は解除されたものとみなされます。
この規定の内容からすると、賃貸人は、明渡しを希望する場合は破産管財人に催告をすればよいし、賃貸借契約の継続を希望する場合は、とりあえずは催告までの必要はないと考えられます。
3.賃料・原状回復費用・敷金等の処理
(1)賃料または賃料相当額損害金の処理
破産手続開始決定前に生じた賃料債権等は破産債権となりますので、配当手続により一部カットされることになります。破産手続開始決定後に生じた賃料債権はその後に契約が解除になる場合でも、契約の継続の場合でも財団債権となり、配当手続によるのではなく、破産財団の状況により、随時弁済を受けることが可能になります。賃料相当額損害金は、破産管財人の行為により生じたものは財団債権として処理されます。
(2)原状回復費用の処理
破産手続開始決定後に破産管財人により賃貸借契約が解除された場合、原状回復は破産管財人が行うべきものですが、破産管財人が原状回復工事を行うことはほとんどありませんので、原状回復工事相当額の金銭請求権に転化し、財団債権となります。
(3)敷金返還請求権の処理
敷金は、賃貸借契約における賃借人の債務を担保するものですから、テナントが破産した場合であっても、テナントの賃貸人に対する債務の担保としての機能を失うわけではありません。未払賃料債権や原状回復費用を控除して、なお残額がある場合に破産管財人に返還することになります。ただし、複数の債権がある場合、例えば、財団債権となる原状回復費用請求権や、破産債権となる未払賃料債権がある場合、格別の合意がない限りは、民法489条の法定充当の定めに従い債務者(破産者)の弁済の利益が多いものから充当されます。まずは財団債権から充当されることになり、破産債権が残るという可能性もありますので、注意が必要です。