賃貸相談
月刊不動産2006年4月号掲載
アパート設備の取替え要求
弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)
Q
アパートの入居者から、賃貸借契約後、入居に際して、建物に備え付けている湯沸器は中古品なので新品に取り替えてほしいと要求されています。取替え要求に応じる必要はあるのでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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1. 建物に備えつけられた設備と賃貸人の義務
建物内の設備については、照明器具やガスコンロ、洗濯機や乾燥機等は賃借人が持ち込むものも多くあります。これらについては、賃貸人は関知するところではありませんし、それらの補修ないしは取替えは賃借人の負担において行われるものです。
他方において、建物に設置されたインターホンや湯沸器等は賃貸人が自ら建物に設置した賃貸人の所有物ですから、賃借人が自由に取り替えたり、勝手に自分の好みの設備を持ち込めるというわけにはいきません(もっとも、設備を含めて建物の改装は賃借人が自由に行うことができるという内容の特約が結ばれている場合は別です)。
2. 賃貸人の設備の取替え義務の存否
民法では、賃貸人は、賃借人が建物の使用をするのに必要な修繕を行う義務がある旨を定めています(民法606条)。湯沸器等の設備は建物そのものではありませんが、建物の使用に付随して必要となるものですので、賃借人が自由に取り替えることのできないものである以上は、湯沸器についても、賃貸人に「必要な修繕」をする義務があると解釈されることになります。
問題は、「必要な修繕」とは何かということです。具体的には、賃借人が新たに入居するにあたり、建物内の設備を新品に取り替えることが「必要な修繕」に該当するのかということです。
賃借人の中には、アパートの隣の部屋の湯沸器は新品になっているのだから自分が入居する際にも中古品ではなく、新品の湯沸器に取り替えてほしいと賃貸人に要求をすることがあります。このような場合に「必要な修繕」に該当して、賃貸人に設備の取替え義務があるのか否かが問題になるわけです。
3. 民法606条の賃貸人の修繕義務の内容
民法に定められている賃貸人の修繕義務は、賃借人が修繕を要求した場合にすべて認められるものではありません。「賃借物の使用及び収益に必要な修繕」だけが賃貸人に要求することが認められているのです。
民法606条の趣旨は、「賃貸人は、賃料を受領して建物を使用させる以上、賃借人が建物を使用するのに不都合がある状態である場合には、賃貸人の側でその不都合を改善し、賃借人が建物を不都合なく使用できるようしなければならない」という点にあります。
したがって、賃貸人に修繕義務が発生するのは、建物又は設備に不都合があり、修繕をしない限り通常の利用が妨げられる場合に限られることになります。具体的にいえば、湯沸器等の設備の場合には、それらが故障して使用することができないか、使用に困難がある場合を指すことになります。湯沸器が中古品であるとしても、湯沸器が故障しているわけではなく、正常な機能を維持しており、通常の使用が可能である以上は、中古品であるという理由では、賃借人から賃貸人に対して取替えを要求する根拠とはなり得ないのです。
4. 賃貸借契約に基づく賃借人からの取替え請求
上記の結論に対しては、賃借人から、新たに賃貸借契約を取り交わして新規に入居する以上、設備は新品にしておくべきだという反論があるかもしれません。
しかし、そのような主張は、契約理論上も成り立たないのです。なぜなら、賃貸借契約を締結するにあたっては、建物の立地条件、周辺環境、日当たり等の条件とともに建物の状態(老朽度等)や湯沸器等の設備の状態等のすべての条件を考慮して賃料を決定し、契約に至っていると考えられるからです。
賃貸借契約の締結時に、設備を新品に取り替えるという格別の条件が合意されていた場合は別ですが、そのような合意をしていない以上、当然のことながら当該建物の状態や設備の現状を前提にして賃貸借契約を締結したものと解されることになります。
賃借人が新品の湯沸器にどうしてもこだわるのであれば、賃借人の費用負担で新しい湯沸器を設置することを求めることになりますが、その場合には、後日のトラブルを避けるために、将来の明渡しの時に、賃借人が設置した湯沸器の買取り請求や費用の請求をしない等、明渡しの条件を明確に合意しておくことが必要となりますので注意してください。