法律相談

月刊不動産2010年4月号掲載

錯誤無効

弁護士 渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所)


Q

容積率200%という広告を見て宅地を購入しましたが、実際の容積率は80%でした。売買契約が無効だという主張ができるでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  •  客観的事実としては容積率80%であるのに、主観的に容積率は200%と認識して売買契約をしているので、意思表示に錯誤があり、契約は無効であるという主張をすることができます。

     さて、民法には、意思表示は法律行為の要素に錯誤があったときは無効とする、と規定されています(民法95条本文)。錯誤とは、法律上、①表示行為から推測される意思と表意者の真実の意思に齟齬(そご)(食い違い)があり、かつ、②表意者がその齟齬に気づいていないことを示す概念です。表示行為から推測される意思と表意者の真実の意思に齟齬があっても、表意者がそれに気づいている場合は、心裡留保(同法93条)や虚偽表示(同法94条)の問題となります。齟齬を表意者自身が気づいていない場合が、錯誤です。

     錯誤に関しては、契約の動機に関し錯誤があった場合にも、意思表示は無効となるかどうかがしばしば問題にされますが、意思主義による表意者の保護を基盤としつつ、取引の安全にも配慮し、動機の錯誤があっても原則として無効にはならないけれども、動機が表示されていれば意思表示は無効になるとするのが確定した判例法理です(最高裁昭和29年11月26日、最高裁昭和37年12月25日)。

     新聞折込広告と重要事項説明書では、住居地域、建ぺい率60%、容積率200%とされ、これを信じて土地を買い受けたところ、実際は、第一種住居専用地域で、建ぺい率50%、容積率 80%であったという事案について、錯誤無効になるかどうかが争われた裁判例があります(東京高裁平成6年7月18日判決)。

     この裁判例において、売主側は、動機に錯誤があるにすぎないから、意思表示は無効にならないと主張しましたが、裁判所は、「買主Xの錯誤についての主張は、購入の目的そのものについて、Xの内心と表示との間に齟齬があったことを主張しているのではなく、本件土地の用途地域の法的制限について、Xが誤解をしたと主張しているのである。
    そして、これは、売買契約の目的物の性状についての錯誤であるから、これが表示され契約の内容となっていると認められ、かつ、その錯誤がなければ本件売買契約を締結しなかったであろうと認められる場合には、本件売買契約には要素の錯誤があるということができる。売主Yは、Xの本件土地建物の購入の目的に錯誤があったにすぎず、動機の錯誤であると主張するが、当を得ないものといわなければならない」として、動機の錯誤に関する売主の主張を排したうえで、続けて「市街地における住宅用の土地の建築制限がどの程度であるかは、土地の利用価値に大きな影響を与えるものであって、
    本件のように有効建築地積が129.22㎡(約39坪)の土地においては、容積率が80%であれば、建築可能な延床面積は103.37㎡(約31坪)であり、容積率が200%であれば、258.44㎡(約78坪)ということになる。この違いは、その格差が2.5倍という数値的な差だけではなく、現在の住宅の水準に照らせば、賃貸アパートの建築、営業用の店舗と併用した住宅の建築やいわゆる三世代住宅の建築の可否などにかかわる違いであって、購入者の土地の利用にとって極めて重大であるといわなければならない。したがって、購入者において相当長期間にわたって自用の小規模の住宅に利用する以外の利用目的がないなどの特段の事情がない限り、用途地域の種別とこれに伴う建築制限の程度は、契約の重要な内容となるものであって、この点の錯誤は、要素の錯誤であるというべきである」として、錯誤無効を認めました。

     ところで、昨年11月から、民法の債権に関する部分(債権法)の改正が、法制審議会に諮問され、審議がなされていますが、諮問に先立ち、平成21年4月に民法(債権法)改正検討委員会が発表した「債権法改正の基本方針」では、錯誤について、「法律行為の当事者または内容について錯誤により真意と異なる意思表示をした場合において、その錯誤がなければ表意者がその意思表示をしなかったと考えられ、かつ、そのように考えるのが合理的であるときは、その意思表示は取り消すことができる」(【1.5.13】〈1〉)とされています。現行民法では、錯誤の効果は無効ですが、民法改正によって、錯誤が無効ではなく、取消しに変わることが検討されているわけです。今般の民法改正の議論においては、消費者概念の民法への取り込み、瑕疵(かし)担保責任の法律構成の変更等がその対象となるものとみられますが、錯誤の効果もまた、民法の根幹にかかわる改正内容であって、注目しておく必要があります。

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