賃貸相談

月刊不動産2013年12月号掲載

旧賃貸人に対する賃料不払いと解除の可否

弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)


Q

X社所有の賃貸マンションを弊社が買い取りました。入居者の中に、X社が貸主であった時点で、賃借人のYはすでに3か月分の賃料を滞納していました。弊社はYとの賃貸借契約を解除できますか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1. 建物所有権の移転と賃貸借の承継

     賃貸借契約を解除することができるのは賃貸借契約の当事者に限られますから、御社が賃貸借契約を解除するには、御社が当該マンションの所有権だけでなく賃貸人の地位まで取得している必要があります。

     通常は建物売買契約は締結していますが、賃借人のYを交えて賃貸人の地位の承継契約まで締結することは稀だと思います。このように、賃貸借契約が締結されている建物の譲渡契約のみを締結した場合に、賃貸人たる地位も当然に建物の新所有者に移転するのかということは昔から議論されてきました。債権譲渡については、債務者の承諾がなくとも債権譲渡の当事者のみの契約で可能ですが、契約上の地位には債権だけではなく債務も含みます。

     債務を第三者に移転するには移転契約の当事者限りで行うことができず、当該債務の相手方も含めた契約によるか、少なくとも相手方の同意が必要と解されています。

     賃貸人の地位には、賃料を請求する権利とともに賃借人に建物を使用収益させる債務も含まれていますので、賃貸人の地位を移転するには賃借人の同意が必要であるかが問題となります。最高裁は、土地賃貸借の事例ですが、「賃貸借の目的となっている土地の所有者が、その所有権とともに賃貸人たる地位を他に譲渡する場合には、賃貸人の義務の移転を伴うからといって、特段の事情のない限り賃借人の承諾を必要としない」(最判昭和46 年4月23 日) としています。

     この判断に基づき、最高裁は、賃貸建物の所有権が譲渡された場合には、賃借人の賃借権が対抗要件を具備しているときは、特段の事情のない限り、賃貸人の地位は建物の譲渡を受けた新所有者に承継されるとしています ( 最判昭和39 年8月28 日) 。

     したがって、御社は、旧所有者であるXと賃借人Yとの間の賃貸借関係をそのまま引き継いでいるということになります。

    2. 旧賃貸人Xのもとでの滞納賃料の扱い

     御社が賃貸人の地位を旧賃貸人Xから承継したということは、Xが有していたYに対する未払い賃料債権まで御社が取得したことを意味するのでしょうか。

     これについては、当然にはそのように解することはできないものとされています。Xのもとでの未払い賃料は、すでに具体的に発生した金銭債権だからです。建物から今後生ずる賃料債権については、建物所有権の移転とともに御社が取得しますが、すでに具体的に発生した金銭債権である未払い賃料は、建物の譲渡契約と別個に未払賃料債権の債権譲渡がなされない限り、御社への移転は認められません。

     それでは、御社が賃貸借契約を解除できないとしても、前所有者であったXは、3か月分の賃料の不払いを理由に賃貸借契約を解除できるのかというと、賃貸借契約の解除は賃貸人でなければできません。Xは御社に建物所有権を譲渡したことにより、賃貸人の地位は御社に移っており、Xは賃貸借関係から離脱してしまいます。

     したがって、建物の旧賃貸人であったXがすでに賃貸人の地位が移転した後の御社とYとの間の賃貸借契約を解除することはできません。

     したがって、Yは旧賃貸人であるXには3か月分の賃料不払いをしていたとしても、御社との間で3か月分の賃料の滞納がなかったとすると、御社もYに対して賃貸借契約を解除することはできません。

     それでは、どのような場合にYとの賃貸借契約を解除できるのかということが問題となります。

    3. 賃料債権の譲渡と賃貸借契約の解除

     上記の結論は、御社がYに対する未払賃料債権を取得していないことが理由ですので、御社がYに対する未払賃料債権を取得していれば話は異なります。

     建物所有権の譲渡契約のみでは、建物所有権とともに賃貸人の地位も移転しますが、すでに発生した未払賃料債権は移転しません。そこで、建物所有権の譲渡契約を締結する際に、XのYに対する未払賃料債権まで譲渡を受ければ、御社は、その賃料不払いを理由として賃貸借契約を解除することが可能となります。

     ただし、このためには、2つの前提条件を備える必要があります。1つには、御社がYに賃貸人の地位を対抗できる対抗要件(建物の所有権移転登記)を具備していることです。もう1つは、債権譲渡の対抗要件(XからYに対する債権譲渡通知またはYの承諾)が具備されていることです。賃貸物件を購入する際に、何と何の譲渡を受けておくことが必要かを検討することが重要です。

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