法律相談

月刊不動産2007年8月号掲載

購入者に対する設計・施工者の賠償責任

弁護士 渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所)


Q

既に完成して使用中のビルを所有者から購入しましたが、設計・施工のミスにより、ひび割れやバルコニーの手すりのぐらつきがありました。設計者や施工会社に対し、損害賠償を請求できるでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  •  設計者と施工会社のいずれに対しても、不法行為が成立するものとして、損害賠償請求をすることができます。

     さて設計者に設計を依頼し、あるいは、施工会社に工事を依頼したにもかかわらず、設計や施工に不十分な点があって損害が生じた場合には、当然債務不履行や瑕疵(かし)担保に基づき、設計者・施工会社に対して損害賠償を請求できます。これらは契約当事者の契約責任です。

     ところが設計や施工の依頼者ではなく、完成した建物を中古で購入した者には、設計者・施工会社との間に契約関係がありません。そこで設計者・施工会社に損害賠償を請求するには、不法行為を根拠とせざるを得なくなります。

     この点について、福岡高裁平成16年12月16日判決では、「請負の目的物に瑕疵があるからといって、当然に不法行為の成立が問題になるわけではなく、その違法性が強度である場合、例えば、請負人が注文者等の権利を積極的に侵害する意図で瑕疵ある目的物を製作した場合や、瑕疵の程度・内容が重大で、目的物の存在自体が社会的に危険な状態である場合等に限って、不法行為責任が成立する余地が出てくるものというべきである」として、不法行為責任は厳格な要件の下にしか認められないとされました。

     しかしこの高裁判決が上告され、この度注目すべき最高裁判決がでました。

     最高裁では、「建物は、そこに居住する者、そこで働く者、そこを訪問する者等の様々な者によって利用されるとともに、当該建物の周辺には他の建物や道路等が存在しているから、建物は、これらの建物利用者や隣人、通行人等(居住者等)の生命、身体又は財産を危険にさらすことがないような安全性を備えていなければならず、このような安全性は、建物としての基本的な安全性というべきである。そうすると、建物の建築に携わる設計者、施工者及び工事監理者(設計・施工者等)は、建物の建築に当たり、契約関係にない居住者等に対する関係でも、建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務を負うと解するのが相当である。

     そして、設計・施工者等がこの義務を怠ったために建築された建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があり、それにより居住者等の生命、身体又は財産が侵害された場合には、設計・施工者等は、不法行為の成立を主張する者が瑕疵の存在を知りながらこれを前提として建物を買い受けていたなど、特段の事情がない限り、これによって生じた損害について不法行為による賠償責任を負うというべきである。居住者等が建物の建築主からその譲渡を受けた者であっても異なるところはない。

     原審は、瑕疵がある建物の建築に携わった設計・施工者等に不法行為責任が成立するのは、その違法性が強度である場合等に限られるとする。

     しかし、建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵がある場合には、不法行為責任が成立すると解すべきであって、違法性が強度である場合に限って不法行為責任が認められると解すべき理由はない。例えば、バルコニーの手すりの瑕疵であっても、これにより居住者等が通常の使用をしている際に転落するという、生命又は身体を危険にさらすようなものもあり得るのであり、そのような瑕疵があればその建物には建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があるというべきであって、建物の基礎や構造躯体に瑕疵がある場合に限って不法行為責任が認められると解すべき理由もない」と判断されました(最高裁平成19年7月6日判決)。

     これまでは建物に瑕疵があっても、中古建物の購入者が設計者・施工会社に対して責任を追及することは実際上困難であり、売主に対して責任を問うしかありませんでした。しかし今回の最高裁判決が出されて、請求の要件が緩和されたことによって、今後は中古建物の購入者の設計者や施工会社に対する損害賠償請求が増えるものと予想されます。

     業者は、中古建物の流通業務に携わる以上、調査説明義務の重要性を再認識し、中古建物の瑕疵に関する最高裁の最新の判断とその社会的影響について、正確に把握しておく必要があります。

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