法律相談

月刊不動産2010年9月号掲載

シックハウスによる健康被害

弁護士 渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所)


Q

新築マンションを購入し、居住を始めたところ、建材から有害物質が出ていたため、シックハウス症候群の疑いがあると診断されました。売主に対して、責任を追及することができるでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1(回答)

     売主に対して、責任を追及できる可能性があります。

    2(シックハウス症候群)

     シックハウス症候群は、1983年WHOの定義によれば、新築や改築直後の室内空気汚染によって引き起こされるものであって、①目、鼻、のどの刺激症状、②結膜の乾燥、③皮膚の紅斑、じんましん、湿疹、④疲労、疲れやすい、⑤頭痛、風邪にかかりやすい、⑥息がつまる、ぜいぜいする、⑦いろいろな刺激に過敏に反応する、⑧めまい、吐き気、嘔吐等の諸症状の総称をいいます。このほかにも、集中力がなくなる、計算間違いが多くなる、物忘れが増える、思考力の低下、情緒不安定、視野が暗くなる等の病気とは自覚しにくい症状も起こるといわれています。

     シックハウス症候群から化学物質過敏症への移行について、その発症機序は現在十分に解明されていないものの、個別に症例をみると、化学物質過敏症と診断された患者の中にはシックハウス症候群が重症化したと解釈できる症例が存在し、このことは、化学物質過敏症に関する厚生労働科学研究においても度々報告されています。

    3(裁判例)

     このようなシックハウス症候群に関する知見に基づき、新築マンションの買主Xが、売主Yに対して、ホルムアルデヒドの放散によるシックハウス症候群と診断されたことを理由として、責任を追及することができると判断された裁判例が出され、注目されています(東京地裁平成21年10月1日判決)。

     『本件マンションの建築時点においては、ホルムアルデヒドの有害性は社会問題として広く周知されており、社団法人住宅生産団体連合会は、内装仕上げ材に用いる合板類をF1等級までのものとすると定め、大手開発業者も同様の動きをとっていたのであるから、建設に関与する専門業者であれば、ホルムアルデヒドを放散する建材を使用することに基づく被害の発生を予見し、その放散量が最も少ないF1等級の建材を選択することは当時においても十分可能であったということができる。したがって、特段の事情がない限り、建物の建築に当たっては、ホルムアルデヒドの放散が最小限になるようF1等級の建材を用いるべきであり、やむを得ずF2等級等ホルムアルデヒドを多量に放散することが危惧される建材を用いるのであれば、少なくともそのような建材を用いていることを開示し、建物を購入する者の責任において購入の是非を選択すべき機会を付与するか、引渡し前にホルムアルデヒド室内濃度を測定してその結果に応じて適切な対処をすべき法律上の注意義務を負うと解すべきである。

     Yは、本件マンションを直接設計、施工していないが、マンション開発を専門とする業者であって、マンションの安全性について豊富な経験と専門知識を有していることが推認されるから、安全な建物を建築するよう配慮すべきであるという意味において設計者、施工者と同等の注意義務を負うというべきである。すなわち、買主は、建物の情報について、立地条件、構造、広さ、間取り、内装等概括的な部分を知らされるのみであって、個々に使用されている建材がどのようなものであるかという点等、シックハウス症候群を招来するような潜在的危険性の有無等は通常知ることができない。したがって、不十分な情報しか与えられていない買主は、開発業者が請負業者に対して発注した内容が安全なものであると信頼せざるを得ない。

     そして、Yは、開発業者として、設計及び施工を注文するに当たり、建材を選択する意思決定の自由を有していたのに対し、Xは、いかなる建材が使用されており、それによっていかなる結果が生じるかということについて、十分検討するだけの情報を与えられていない立場にあることからすれば、結果の発生は、専ら開発業者、設計業者及び施工業者の支配下にあるということができる。そうであれば、本件においては、建材の選択によって発生した結果のリスクをYに負わせることが、衡平(こうへい)の見地からみて相当である。

     そうすると、開発業者は、請負業者に対して建物の建築を注文する際に、注文者の立場から建物の安全性を検討すべきものであって、開発業者は、設計者及び施工者と同様、買主その他の建物の居住者等に対する関係において、その生命、身体及び重要な財産を侵害しないような基本的安全性を確保する義務を負うものというべきである。』

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