法律相談

月刊不動産2019年8月号掲載

錯誤の取扱い

弁護士 渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所)


Q

建物を建てる目的で土地を購入したところ、決済の後になって地中に障害物が発見され、建物を建てるには、購入代金を超える除去費用を必要とすることがわかりました。売買契約の錯誤無効を主張することができるでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1. 売買契約は無効

     地中に障害物がないものと考えて売買契約を締結したのに、実際には地中に埋設物があり、これを除去するために購入代金を超えるような多額の費用を要するというのであれば、錯誤があったものとして、売買契約は無効となります。

  • 2. 錯誤無効が認められた事例

      意思表示は、法律行為の「要素」に錯誤があったときは、無効となります(現行民法95条本文)。「要素」とは、意思表示の内容の重要な部分のことです。
     建物を建てる目的をもって代金600万円で土地を購入したところ、契約後地中に障害物が発見され、その除去に900万円以上かかることが判明した例がありました(東京地判平成27.4.13)。判決では、「この障害物は、Xが建物を建築する際に障害となるものであり、それを除去するためには土地の売買代金を大幅に超える費用を要するものと認められるから、障害物の存在についての錯誤がなければ、Xは売買契約を締結しなかったものと認められ、かつ、それは、一般取引の通念に照らし妥当なものと認められる」としたうえで、「障害物の不存在という動機はYに表示されていた」として、売買契約の錯誤無効(現行民法95条)が認められています。

  • 3. 民法改正による5つの見直し

     さて、2020年4月には、改正民法が施行となります。改正民法では、錯誤の取扱いにつき、次の5つの点において見直しが行われます。
    (1)錯誤の効果
     これまで、錯誤の効果は無効でした。しかし、錯誤の場合、無効といっても、その主張権者が限定されるなど、絶対的な無効ではないとされています。改正民法では、錯誤の効果について、無効とするのではなく、取消しができるものと変更されました(改正民法95条1項)。
    (2)「要素」という用語の不使用
     従来「要素」という言葉が使われていましたが、この言葉から重要な部分という意味を読み取るのは、難しい条文解釈でした。改正民法では、「錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる」(改正民法95条1項)として、わかりやすい言葉に言い換えられています。
    (3)条文の構造
     錯誤には、「動機錯誤」と「表示錯誤」があります。動機錯誤とは、意思決定をするに至るまでの原因・動機・目的の段階において誤解があった場合で、表示錯誤とは、意思決定がなされてからそれを表示するまでになされた誤解・誤判断です。
     錯誤が生ずるのは、認識がない事項を表示してしまった局面であって、単に動機に勘違いがあるだけなら、そのリスクは本来表意者が負担すべきですから、原則として動機錯誤は意思表示の効力に影響しません。しかし、従来から動機が表示されるなどして法律行為の内容をなしていれば別論であって、動機の錯誤でも法律行為は無効になるものとされていました(動機表示説。最判昭和29.11.26等)。
     この点について、改正民法では、錯誤を、①意思表示に対応する意思を欠く錯誤(表示錯誤)と、②表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤(動機錯誤)に分けたうえ(改正民法95条1項)、②について、「意思表示の取消しは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる」と定め(同条2項)、動機表示説を条文化しています。
    (4)相手方重過失と共通錯誤の場合は、表意者重過失でも取消し可
     現行民法では、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができないと定められています(現行民法95条ただし書き)。改正民法では、同じく、表意者の重大な過失によるものであった場合には錯誤の主張はできないという原則を維持しつつも、①相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき、②相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたときの2つを例外として、①または②の場合には、表意者に重大な過失があっても、錯誤の主張ができるものとしました(改正民法95条3項)。これまで明文はなかったけれども異論のなかった考え方を条文化したものです。
    (5)第三者との関係
     現行民法には、虚偽表示(現行民法9 4 条2項)や詐欺(同法9 6 条3項)とは異なり、錯誤については、第三者保護の定めがありません。改正民法では、「意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない」と定め(改正民
    法95条4項)、錯誤による取消しがなされても、善意無過失の第三者には取消しの効果を主張できないとして、第三者を保護するための条文が設けられました。

今回のポイント

●地中埋設物がないものと考えて売買契約を締結したのに、実際には地中埋設物があって、極めて多額の費用を要する場合、買主は錯誤の主張をすることができる。
●錯誤については、民法改正によって、大きく条文が変更になる。
●錯誤についての民法改正における変更箇所は、次の5つである。
(1)錯誤の効果:無効→取り消すことができる。
(2)用語:「要素」という言葉が使われなくなる。
(3)条文の構造:動機錯誤と表示錯誤が区別される。
(4)表意者に重過失がある場合:原則(錯誤主張不可)に加えて、例外として錯誤主張ができる場合の定めが設けられる。
(5)第三者の保護:善意無過失の第三者を保護する定めが設けられる。

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