賃貸相談

月刊不動産2018年6月号掲載

賃借人の突然の死亡とその後の処理

江口 正夫(海谷・江口・池田法律事務所 弁護士)


Q

 賃貸アパートを経営しています。昨日、103号室の借家人A氏が、交通事故で亡くなったとの電話がA氏の奥様からありました。103号室には、A氏と奥様と三男の方が居住しています。A氏にはほかに長男と長女がおり、2人の子は独立してほかに住居を構えているとのことでした。A氏についてはこれまで2カ月分の賃料が未払いとなっていました。直ちに出て行けとは請求するつもりはありませんが、今後はどのように処理すればよいのでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • Answer

     アパートの賃貸借契約を締結した当事者である賃借人が死亡した場合、賃借権は相続性が認められていますので、遺言がない限り、相続人全員の共同相続となり、将来の遺産分割により賃借権を最終的に取得する相続人が決定されるまでは、相続人が賃借権を準共有しています。賃借人が死亡する前の滞納賃料支払債務は、可分債務であるため遺産分割協議を待つことなく当然分割され、共同相続人が各自の相続分に応じて支払うことになります。これに対し、賃借人死亡後の賃料支払債務は不可分債務となるため、賃貸人は、共同相続人それぞれに対し、賃料の全額を請求することができます。相続人が、その後も賃料を支払わず、賃貸借を解除する場合には、解除権の不可分性により、相続人全員に対し、相当期間を定めた催告および解除の意思表示をしなければなりません。

  • 1.賃借人の死亡と賃借権の相続性

     人が死亡した場合、死者が生前に有していた権利義務は、いわゆる一身専属権でない限り、すべて相続人に相続されます。賃借権は一身専属権ではないため、死亡した賃借人の相続人がこれを相続により承継します。賃借権は同居の相続人が相続するとは限らず、遺言がない限りは、相続人全員が各自の相続分に応じて共同相続します。したがって、賃借人死亡直後から相続人間の遺産分割協議が成立するまでの間は、アパートの賃借権は相続人全員の準共有の状態になっています。

  • 2.死亡した賃借人が滞納していた家賃の支払債務の相続

     賃借人が死亡すると、相続人はプラスの財産だけではなく、借金等の債務も相続します。したがって、質問のA氏が滞納していた2カ月分の未払賃料支払債務も各相続人に相続されます。滞納家賃の支払債務は、2カ月分の賃料という確定した額の金銭支払債務ですが、金銭支払債務は可分債務(分割することが可能な債務)です。

     相続法上、可分債務は、当然分割であると解されています。当然分割というのは、被相続人の死亡と同時に共同相続人が各自の相続分の割合に応じて当然に分割した金額を相続するという意味です。

     したがって、A氏の滞納家賃額が2カ月分で仮に42万円(賃料月額21万円)であったとすると、法的には、A氏の妻は法定相続分である2分の1の2 1 万円、3人の子らは法定相続分である各自6分の1の7万円の支払義務を承継しています。もっとも、実際には、アパートに居住している妻と三男が42万円全額を支払うというケースも少なくないと思われますが、その場合は当然ながら長男、長女への請求は必要がなくなります。

  • 3.相続開始後の賃料支払債務

     相続開始後もアパート賃貸借契約が継続している場合には、共同相続人の内部ではいろいろと議論があるとしても、法的には各共同相続人が賃借権を準共有していますので、賃貸人との関係では、不可分的な使用収益の対価としての賃料支払債務は、法律上は、不可分債務と解されています。したがって、賃貸人は、共同相続人のそれぞれに対し、賃料の全額である21万円を請求することができます。当然ながら、共同相続人の1人が全額を支払えば、他の相続人には請求できません。

     このように、賃借人が死亡した場合、死亡前の滞納賃料は共同相続人が当然に分割債務として承継しますが、死亡後の賃料は共同相続人全員が不可分債務として支払義務を負うことになるため、この違いに注意してください。

  • 4.相続開始後の賃貸借契約の解除

     賃借人の死亡後に、相続人が賃料を支払わなかった場合には、一般的に当事者間の信頼関係を破壊されると考えられる3カ月分程度の賃料を滞納した時点で、賃貸人は、相当期間を定めて賃料の支払いを催告し、相当期間内に賃料の支払いがなされなかった場合は、賃貸借契約を解除することができます。

     その際に注意すべきことは、遺産分割協議が成立していない段階での契約当事者が複数である場合の契約解除には、解除権の不可分性の規定が適用されるということです。民法は「当事者の一方が数人ある場合には、契約の解除は、その全員から又はその全員に対してのみ、することができる」(民法5 4 4 条1項)と定めています。したがって、賃借人が複数いる場合には、賃貸人による賃料の催告および契約解除の意思表示は、当該賃貸アパートに居住している賃借人に対して行っただけでは足りず、共同賃借人全員に対して相当期間を定めて催告し、全員に対して契約解除の意思表示を行わなければ契約解除の効力が認められません。

     なお、本件とは異なり、賃貸人側に相続が発生し、賃貸物件が相続による共有状態となり、賃貸人が複数いる場合には、賃貸借契約解除の不可分性については、「共有物を目的とする賃貸借契約の解除は、共有者によってなされる場合は、民法252条本文にいう『共有物の管理に関する事項』に該当するから、右解除については民法544条1項の規定(解除権の不可分性の規定)は適用されない」とするのが最高裁の判例(最判昭和39年2月25日)ですのでご留意ください。

  • Point

    • 人が死亡した場合、その人に属していた権利は、一身専属権(その人の生存中のみ認められる権利)以外の権利は、すべて相続人に相続される。賃借権は一身専属権ではないので、当然に相続人に相続される。
    • 賃借人が死亡時までに滞納していた賃料の支払義務は遺産分割協議の対象ではなく、当然に、各相続人が、それぞれの相続分に従って分割承継する。賃貸人は、相続人の1人に対し、滞納家賃の全額を請求することはできない。
    • 賃借人が死亡した後の賃料支払債務は、原則として不可分債務と考えられるため、賃貸人は、共同相続人それぞれに対し、賃料の全額を請求することができる。相続人の1人が賃料の全額を支払えば、他の共同相続人は賃貸人に支払う必要はない。
    • 相続人が、その後も賃料を支払わない場合には、賃貸人は相当期間を定めて催告し、催告期間内に支払わなければ賃貸借契約を解除できるが、解除権の不可分性により、共同賃借人全員に対して催告および解除の意思表示を行う必要がある。
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