法律相談

月刊不動産2018年10月号掲載

売買契約書における「瑕疵」という言葉の使用

渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所 弁護士)


Q

民法が改正されたことによって、瑕疵担保責任の仕組みが廃止されたと聞きました。民法改正後において、売買契約書には「瑕疵」という言葉を使うことができなくなるのでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1.「瑕疵」を使うことができる

     民法改正後にも、売買契約書に「瑕疵」という言葉を使うことは可能です。ただし、民法改正によって売主の責任に対する考え方が転換していますから、これを意識したうえで、「瑕疵」という言葉を使う必要があります。

  • 2.民法改正

     民法は、市民社会における市民相互の関係を規律する私法の一般法です。1896(明治29)年に制定された後、約120年間ほとんど改正がなされず、これまで社会経済情勢の変容とともに、主に特別法を制定することによって、修正が図られてきました。

     しかし、民法は、取引社会を支える最も基本となる法的基礎ですから、現代社会に即したものにすることは、社会的にみて必要なことです。そこで、改正作業が進められ、2017(平成29)年5月26日、民法の一部を改正する法律が国会で可決成立し、同年6月2日に公布されました。契約に関する規定を中心に、社会・経済の変化への対応を図り、併せて、民法を国民一般にわかりやすいものとするという観点から、実務で通用している基本的なルールを明文化する見直しがなされています。改正された民法(以下「新民法」という)は、2020年4月1日に施行されます。

  • 3.伝統的な瑕疵担保責任に対する考え方

     取引の当事者が物の個性に着目して、取引の対象とする売買を特定物売買といいます。不動産売買は特定物売買です。

     現行民法のもと、瑕疵担保責任について、伝統的には、(1)特定物売買では、目的物をありのままの状態で引き渡すことが売主の義務であって、売主には、本来この本来的義務を超えて、目的物をキズのない状態にして買主に引き渡す義務を負わない、(2)買主は、キズのある状態で目的物の引渡しを受けることになるが、売買契約上は売買代金全額の支払い義務を負う、(3)しかし、(1)と(2)の法理をそのまま適用するならば、売主と買主の衡平性を保つことができず、ひいては売買に対する信用を失うことになってしまう、(4)そこで、法律によって、目的物のキズについて買主の被った損害を売主に賠償させる(契約の目的不達成なら契約解除も可能)というのがその基本的な考え方とされてきました(法定責任説)。

     つまり、この伝統的な法定責任説からは、買主に認められる権利は損害賠償請求(契約の目的不達成の場合の契約解除)だけということになります。

  • 4.新民法における売主の責任

     しかし、伝統的な法定責任説は、キズがあっても売主がそのまま引き渡せばよいなどの点において、一般常識からみて不自然さが否めません。そこで、新民法では、伝統的な法定責任説を見直し、売主は、契約で定められている目的物を引き渡す義務を負うものとされました。すなわち、新民法のもとでは、瑕疵担保責任の仕組みは廃止され、目的物にキズがあって、キズが契約に適合しないものであるならば、売主は責任(契約不適合責任)を負います。また、買主には、損害賠償のほか、修補請求や代金減額請求などが認められます(図表)。

  • 5.新民法における売買契約書における用語

     ところで、「瑕疵」という言葉は、瑕疵担保責任と結びついた法律用語として使われてきましたが、他方で、一般的な言葉としてみたときに、欠陥・欠点という意味を有しています。新民法のもとでは、「瑕疵」という用語を瑕疵担保責任と結びつけたものとして使用することは不適切ですが、これを一般用語として、欠陥・欠点を表すものとして使用することは差し支えありません。

     また、法律用語としても、住宅品質確保法では、「この法律において『瑕疵』とは、種類又は品質に関して契約の内容に適合しない状態をいう」(改正後の同法2条5項)との定義づけがなされたうえで、「瑕疵」という言葉が残置されます。

     さらに、不動産の売買契約書では、これまで「瑕疵」という言葉は、売主の引き渡すべき目的物に欠陥・欠点があった状態の総称として利用されています。これは、目的物において生じる可能性のある様々なキズを抽象的に表す概念として、不動産取引において浸透しているということができましょう。

     これらを勘案すれば、新民法における売買契約書における「瑕疵」という言葉の

    使用には、合理性があると考えられます。

     もちろん、新しい法律のもと、新しい用語を使用するべきだ(新しい酒は新しい革袋に盛れ)という考え方もあります。「瑕疵」という言葉に代わる的確な表現を見いだすことができれば、より新民法の趣旨に沿うものということができるでしょう。

  • Point

    • 民法が改正されて、売買契約における売主の責任について、瑕疵担保責任の仕組みが廃止される。
    • 新民法では、売主は、契約に適合する目的物を引き渡す義務を負うことになる。この売主の義務に違反した場合、買主には、①修補請求(あるいは代替物の請求)、②代金減額請求、③損害賠償請求、④解除の4つの救済が認められる。
    • 新民法のもとでの売買契約書においては、「瑕疵」という言葉を使わず、売買契約における売主の義務の内容を特定したうえで、売主がこの義務を果たさなかった場合には契約不適合の責任を負うものとする条項を作成することが考えられる。また、従来のとおり、売買契約書の中で「瑕疵」という言葉を用いることも可能である。
    • 改正された新民法は、2020年4月1日に施行される。
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